「頭がいいひとはオバマに投票する」というまさに「裸の王様」的な雰囲気を見るにつけ、どうもこれは去年のサルコジブーム、「頭がいいひとはサルコジに投票する」を思わせるなあ、と思っていたのだが、やっぱりオバマ陣営はサルコジの選挙キャンペインにヒントを得たそうです。やっぱりねえ。ということは、大統領になった後は失望の連続ということですか。こっちはといえば「どうしてサルコジなんかがいいと思うのよ」と最初から思っているから失望なんかしませんが、オバマについても同じです。ともかく「オバマはパキスタンに戦争をしかけるのか」、これがいちばん大きな私の関心事です。あとやっぱり「たろちゃんはどういう失言をするか」も楽しみに待っております。
こんな写真を見つけました。

ところでオバマの当選について、日本のメディアは黒人、黒人って云うんだけど、これってちょっと慎みに欠けるんじゃございませんか。いいんですかねえ、本当に。テレビでは「アメリカではタブーですから、あまり黒人ということを云いません」と物知り顔の現地の日本人ジャーナリスト(あるいは評論家)が云っていたが、タブーというよりも、あんまり気にしてないだけなんじゃないの?という気がします。まあ、「あんまり気にしていないふりをする」のがまさにタブーのせいであるというのなら、それはそうなのかもしれませんけどね。それは別として、やっぱりメディアがあんまり黒人、黒人って云うのはどういうものかと思うよ。
ハーフっていうことばもありますけど、これも日本独自のものでしょうか。ハーフだのクォーターだのよっぽど純血思想にとりつかれているんですね。純粋な血なんてあるはずがないんだから、肌の色がちがうひと同士の結婚から生まれた子供だからといって、それが半分かどうかもよくわからないでしょう。「この子供はふたつの文化を受け継いでいる」ということを云いたいのなら、むしろハーフよりダブルと云うべきでしょう。
私はハーフということばを使うくらいなら、「混血」とか「あいのこ」とか云います。その方が何を云っているのかわかるからです。でももしハーフということばを使うのなら、これを日中、日韓(日朝)の間の子供にも使いましょう。中韓(中朝)の間の子供にも使いましょう。インドネシア人とフィリピン人の間の子供もハーフです。ハーフということばは国籍よりも民族にかかわるのでしょうから、同じ国籍の両親からでもハーフが生まれます。オバマだって当然ハーフですね。「米国初、ハーフの大統領!」とかね。何が「初」なんだかはよくわかんないが、この方が「黒人初の大統領」よりも「よくわかんない」ということがわかりやすい。まあ、日本のメディアは慎みがないですよ。「アメリカ合州国」のことをもっぱら「アメリカ」と呼ぶのも慎みがないですね。
あと気になったのが、「ブラッドリー効果」というやつね。日本語ウィキペディアには「選挙において非白人候補者の得票率が世論調者を下回る現象をいう」と書いてあります。テレビで見ていて、ブラッドリーさんの反対側の候補者がただ「白人」と云われて名前が口にされないことが気になったのだが、名前を見ると Deukmejian って、アルメニア系じゃないのよ。アフリカ系の人種は迫害の歴史を生きてきたというのなら、アルメニア人だって迫害の歴史では負けないけどね。もちろん比べるようなもんじゃないが、白人だからといってすべていっしょくたにすることもやはり慎みがないとは云えます。たとえばフランスの政治家(与党UMP総書記)にパトリック・ドゥヴェジアン(カタカナが気持ち悪い)というひとがいますが、これもアルメニア系だけれども、若いころは極右でした。単純な左翼思想によれば、こういったアルメニア移民の子供はアプリオリにエスタブリッシュされた階級の人間で、黒人はアプリオリに抑圧される側になるということになるのだろうが、こういう考えには慎みがありません。もしブラッドリーの相手がユダヤ人だったらどういうことになったのか、という仮定もまた慎みもないものであるのにはちがいありませんが、こう考えたときに、「ブラッドリー効果」の慎みのなさがわかるでしょう。これは「ユダヤ人を敵視する黒人」と同様の発想に容易に堕するものです。「オバマが当選しなければならないから、ブラッドリー効果に気をつけよう」なんて、良識の仮面をかぶったきわめて下品な意見なのです。こんなことを云って「一般の有権者の深い差別意識」をえぐっている気分になっているやつらは、まったくもって下劣なのです。ブラッドリーがデュークメジアンよりもよかったなんてだれにも証明できないだろうし、有権者が差別意識によって投票行動を決定したなどと考えるのは、まさしく有権者の良心を疑う民主主義の敵の発想です。
こんな写真を見つけました。

ところでオバマの当選について、日本のメディアは黒人、黒人って云うんだけど、これってちょっと慎みに欠けるんじゃございませんか。いいんですかねえ、本当に。テレビでは「アメリカではタブーですから、あまり黒人ということを云いません」と物知り顔の現地の日本人ジャーナリスト(あるいは評論家)が云っていたが、タブーというよりも、あんまり気にしてないだけなんじゃないの?という気がします。まあ、「あんまり気にしていないふりをする」のがまさにタブーのせいであるというのなら、それはそうなのかもしれませんけどね。それは別として、やっぱりメディアがあんまり黒人、黒人って云うのはどういうものかと思うよ。
ハーフっていうことばもありますけど、これも日本独自のものでしょうか。ハーフだのクォーターだのよっぽど純血思想にとりつかれているんですね。純粋な血なんてあるはずがないんだから、肌の色がちがうひと同士の結婚から生まれた子供だからといって、それが半分かどうかもよくわからないでしょう。「この子供はふたつの文化を受け継いでいる」ということを云いたいのなら、むしろハーフよりダブルと云うべきでしょう。
私はハーフということばを使うくらいなら、「混血」とか「あいのこ」とか云います。その方が何を云っているのかわかるからです。でももしハーフということばを使うのなら、これを日中、日韓(日朝)の間の子供にも使いましょう。中韓(中朝)の間の子供にも使いましょう。インドネシア人とフィリピン人の間の子供もハーフです。ハーフということばは国籍よりも民族にかかわるのでしょうから、同じ国籍の両親からでもハーフが生まれます。オバマだって当然ハーフですね。「米国初、ハーフの大統領!」とかね。何が「初」なんだかはよくわかんないが、この方が「黒人初の大統領」よりも「よくわかんない」ということがわかりやすい。まあ、日本のメディアは慎みがないですよ。「アメリカ合州国」のことをもっぱら「アメリカ」と呼ぶのも慎みがないですね。
あと気になったのが、「ブラッドリー効果」というやつね。日本語ウィキペディアには「選挙において非白人候補者の得票率が世論調者を下回る現象をいう」と書いてあります。テレビで見ていて、ブラッドリーさんの反対側の候補者がただ「白人」と云われて名前が口にされないことが気になったのだが、名前を見ると Deukmejian って、アルメニア系じゃないのよ。アフリカ系の人種は迫害の歴史を生きてきたというのなら、アルメニア人だって迫害の歴史では負けないけどね。もちろん比べるようなもんじゃないが、白人だからといってすべていっしょくたにすることもやはり慎みがないとは云えます。たとえばフランスの政治家(与党UMP総書記)にパトリック・ドゥヴェジアン(カタカナが気持ち悪い)というひとがいますが、これもアルメニア系だけれども、若いころは極右でした。単純な左翼思想によれば、こういったアルメニア移民の子供はアプリオリにエスタブリッシュされた階級の人間で、黒人はアプリオリに抑圧される側になるということになるのだろうが、こういう考えには慎みがありません。もしブラッドリーの相手がユダヤ人だったらどういうことになったのか、という仮定もまた慎みもないものであるのにはちがいありませんが、こう考えたときに、「ブラッドリー効果」の慎みのなさがわかるでしょう。これは「ユダヤ人を敵視する黒人」と同様の発想に容易に堕するものです。「オバマが当選しなければならないから、ブラッドリー効果に気をつけよう」なんて、良識の仮面をかぶったきわめて下品な意見なのです。こんなことを云って「一般の有権者の深い差別意識」をえぐっている気分になっているやつらは、まったくもって下劣なのです。ブラッドリーがデュークメジアンよりもよかったなんてだれにも証明できないだろうし、有権者が差別意識によって投票行動を決定したなどと考えるのは、まさしく有権者の良心を疑う民主主義の敵の発想です。


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